2026/03/11 08:27

15年前の今日の午後、僕は家具職人の修行をしていた町工場で、いつも通り仕事をしていた。
「何か作業台が揺れてるなぁ」と思い、向かいで作業している先輩が何かやっているのかな?と思ったら、揺れているのは台じゃなくて床。
それが「グラグラ」という感じではなくて「ユッサ、ユッサ」という重い揺れ方だったので、これはヤバいと思った先輩が、「みんな外へ出ろ!」と指示して、一同は外へ。
揺れは程なくして治まり、一同は「あ~びっくりした」と安堵のため息をつくき、仕事に戻った。

その後、職場のラジオから流れていたZIP-FMも、あまり深刻な放送をしていなかったけど、帰り際に流れたニュースで「観測史上最大のM8.8を...」というのを聞いて、オヤッと思った。
でもまあ、どうせ海底の深いところで起きた地震で、実際には各地で震度3とか4とかなんだろうな、と高をくくり、それよりも部屋に立てかけてあるギターは大丈夫かな?なんて、のんきなことを考えながら帰途に着いた。

部屋に戻ってテレビをつけたら緊急報道態勢になっていて、流れているテロップに「岩手で死者×人」とか書かれていたので、あれ?結構ヒドかったんだ、と思ってしばらくそのまま見ていたら、信じられないような光景が次々に流れていた。

車が川に落ちた笹の葉みたいに荒波にもまれている...家が燃えたまま流されている...なにこれ?映画?

翌日届いた新聞の見出しは、今までに見たことが無いくらい巨大だった。


その後のことはもう、多くを語る必要はないだろう。

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自分の内面で「2011年」という年は、ものすごく大きな"区切り"が付いている。
どこかの新聞記事で見た「これから先は"戦後"では"災後"となるだろう」という文章そのままに。
当時、物議を醸した故・石原都知事の"天罰発言"ではないけど、これまでに日本が内包してきた問題点が一気に浮上してしまったきっかけ、という意味でも、東日本大震災は非常に大きな"区切り"だと思っている。

そして、その"厄災"は自民党政権のいまでもこの国を覆っている。
どんどん酷くなるレイシズムと戦争の影。
災害や疫病ではなく"人災"によるカタストロフが、僕はやっぱり一番恐ろしい。


僕の大好きなバンド The Birthday が2012年にリリースしたシングルに「ROKA」という曲がある。
2023年にチバさんが亡くなってから、僕にとってこの曲がなぜか一番響いている。

「悲しみのはしっこはいつも 忘れられて放っとかれる
いつの間にか何事も無かったような空気だ」

「いっそのことそれでも いいかもなってお前も
ちょっとは思っただろ 誰かのことを忘れて」

この曲が、リリースより1年前の震災のことを歌っているのかはわからない。

ただ、僕にとって「3.11」の風化は今後もないだろうと思っている。
少なくとも、僕の中では。