2023/12/22 02:23
2022年10月にリリースされた、アジマカズキの「みちくさ音楽」
名古屋を拠点に、一般的な社会人ミュージシャンとしては過剰と言えるくらい頻繁にライブ活動を繰り広げる彼が、満を持して制作した1stソロアルバムだ。
店主のお気に入りでもあり、当店でも安定の売上を誇る傑作を今回は詳細にレビューしてみようと思う。
発売後、4ヶ月に渡って全10回のリリースイベントを行い、そのほとんどが満員御礼というのだから驚きである。
それは音楽の力だけではなく、彼の親しみやすい人柄によるところも大きいだろう。
前述の頻繁なライブ活動も、基本的には誘われたら断れない彼のお人好しな性格はともかく、それだけ多くの人が彼自身と彼の音楽を信頼し、出演を希望しているということになる。
最近、とある人が彼を「愛知のローカル・ヒーロー」と称していたが、あながち大げさでもないだろう。
彼の作る楽曲は、そんな彼自身を表している。当たり前のことではあるが。
一見、飄々として気のいいお兄さんのように見えて、実は結構辛辣で毒舌家、そして自身もよく公言しているように根がネガティブであることは、付き合いの長い人なら知っていることだろう。
彼の曲も、子供からお年寄りまで年齢を問わず親しまれそうなノスタルジックで優しいメロディーラインで構成された、実に敷居の低いポップソングでありながらも、随所に音楽好きが唸るような仕掛けがあったり、ファンタジックで意味深なリリックがやたらと文学的であったりと、なかなか一筋縄ではいかない深みがある。
それこそ、彼が敬愛するスピッツとたまの魅力そのものではあるが、彼自身のパーソナルと重なるところもあるのではないか、と思う。
キリッとしたカッコよさとか、アクの強いカリスマ性とか、そんなものとは全く真逆の、そのふわりとしたキャラクターが人を魅了してやまないところは、星野源にも通じるのではないだろうか。
こんなことを言うと、また彼は「恐れ多い」と嫌がりそうだが。
それでは、蛇足ながら僕なりにアルバム収録曲を1曲ずつ紹介しようと思う。
1. 僕の万年床
夜を感じさせる切ないメロディーとネガティブな詞に、彼独特の作風がギュッと詰まっている曲。
弾き語りやバンドなど、様々な演奏でも魅力を損なわない曲だが、ここでは鶴舞のイベントスペース「K.Dハポン」の店長・モモジ氏率いるバンド、スティーブ・ジャクソンのスペーシーなアレンジで聴かせてくれる。
2. 西の恋人
春風のような優しいメロディーとサウンドが特徴のフォークロック・ナンバー。
ふわりとした作風ながらもどこか寂しさを感じさせ、終盤サビがエモーショナルな雰囲気。
彼との共演が多い女性シンガーソングライター・そらしのと彼女のバンドがバッキングを務める。
3. モトドオリ
ノスタルジックなメロディーと、輪廻転生を思わせる詞が意味深な1曲。
「繰り返す道くさが やがて旅になるのさ」とか「平凡な暮らしこそ 奇跡の連続」という鋭いラインに、ハッとさせられる。
ここでは女性3人組ポップクラシックトリオ・FryingDoctor の優雅な演奏が華を添える。
4. 化け化け
アメリカン・インディーやエモをこよなく愛する彼の一面がよく表れている、泣きのメロディーが特徴のアルバム随一のロック・ナンバー。
とはいえ、和風な詞の雰囲気は彼の敬愛する70年代の漫画の世界だ。
思いのほかハードな演奏はゲームミュージックの演奏集団、フクラ・フクラ・レボリューションズが務めている。
5. AKATSUKI COMPLEX GIRL
ノスタルジックでフォーキーな楽曲が多くを占める今作の中では、とびきり異色なニューウェーブ風のナンバー。
この曲のみ、アレンジを担当した「フクラ本舗」こと福沢幸久の作曲で、どちらかといえば彼の作風が色濃い。
とはいえ、アジマカズキ自身の敬愛するXTCをも連想させる、ユニークな1曲。
6. 罪とペンシル
「モトドオリ」でバッキングを務めた FryingDoctor の岩田ゆいこの流麗なバイオリンをフィーチャーした、メランコリックな1曲。
道を間違える、という「迷い」は彼の詞にとっては大きなテーマであり、それが凝集された切ないナンバー。
7. さよならプリンス
女性シンガーソングライター・そらしのとのデュエットで聴かせる、切ない弾き語りナンバー。
「酒気帯びたプリンス」というのは、そのまま彼自身のことに思えてならない。
8. がぁでぃあん
自身のバンド・すぱっつの代表曲のセルフカバー。
彼が愛するザ・バンドなどの、米国ルーツロックの影響を思わせる郷愁感溢れる1曲。
ここでも、そらしののバンドがバッキングを務め、すぱっつのヴァージョンとはまた違った魅力を引き出している。
9. 夜を煮る
自身のライブでもバックを務めることが多い、社会人ポップ演奏集団・あしかけオーケストラのメンバーを従えた、ジャグバンド風フォークロック。
今作の中では、彼が敬愛するたまの影響が最も色濃い1曲。
10. 旅立ち前のうた
夫婦アコースティック・デュオ、パーポーズをコーラスに迎えた、リリカルなフォーク・ナンバー。
「旅立ち」ではなく「前」というあたりに、彼の人となりがよく表れている。
11. 天の川が溢れた夜に
再びあしかけオーケストラの面々を迎えた、ジャグバンド・スタイルの賑やかな1曲。
彼の敬愛するソウル・フラワー・ユニオンの影響を感じさせる雑多な雰囲気の、ライブのハイライトでもよく演奏されることが多いナンバー。
終盤、音が止まってコーラスからのバンド演奏がスリリングだ。
12. きくとり
彼が初めて作ったオリジナル曲で、郷愁感溢れる詞とメロディーが童謡を思わせる、深みのある1曲。
初めて作った曲とはいえ、ここで既に彼の作風は完成されていて、他の楽曲と比べて遜色はない。
彼が敬愛し、彼にソングライティングを促したというミュージシャン/パフォーマー・みうらまいがコーラスで参加。
13. ワクワクチクサク (BONUS TRACK)
彼の勤め先である福祉施設の職員として、自治体に依頼されて制作したテーマ・ソング。
自身の作詞ではないので、独自の回りくどい言い回しがなく非常にストレートで前向きな歌詞の、カラリと明るい異色作である。
彼ならではのネガティブさが見られない唯一の曲ではあるけど、どこをとってもアジマカズキな楽曲に仕上がっているのが面白い。
それぞれの紹介に記載したとおり、今作には愛知県在住の様々なミュージシャンが参加している。
その多くが社会人や家庭人ながらも、玄人はだしなテクニックやポテンシャルを持ったミュージシャンばかりで、音楽好きの視点から見ても楽曲の完成度は非常に高い。
その雰囲気は、1人のフォーク・シンガーのアルバムにティン・パン・アレーやはちみつぱいなどの演奏集団やソロ・ミュージシャンがバッキングで参加した、ベルウッドやURCといった70年代の日本の音楽シーンにおける作品作りに通底している。
今では大御所の彼らが無名だった頃、日本の音楽ビジネスがまだ確立されていない時代にアルバムを制作するには相互協力が必要であり、それは今の名古屋における社会人ミュージシャンのシーンともダブる。
結果、その時代に行われたコラボレーションがそれぞれの作品を名盤たらしめているように、このアジマカズキの「みちくさ音楽」も、末永く音楽好きに愛される名盤となることを祈りつつ、筆を置く。